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或る風景 (1)

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彼の職場には、5つ下の年の後輩がいる。名前は優子。

3年前、優子と彼は少しいい仲になりかけ、しかし男女の行き着く先に行く前に何となく終わった。一度、冗談のようなキスをしただけだった。

「たまには、飲みに行きません?」
金曜の夜。特に用事も異論もなかった。青山一丁目の交差点で、夕方6時に待ち合わせ。地下鉄から地上に出ると、昼間降ってた雨は上がって、なま暖かい春風が、ふわりと顔を撫でていった。

半年前にオープンしたその店は、想像したとおりのいい雰囲気だった。シャンパンはモエを頼み、乾杯。料理は和風創作料理である。大きなカウンターの向こうには、高層ビルの窓。その向こうには、街灯りが広がっている。空の色が刻々と青から紫へ、夕景から夜へと変わってゆく。

モエが終わり、フル・ボトルの白。映画の話、酒と料理の話、職場での出来事、Banglesの復活とここ何年かの再結成ブームについて、ラフマニノフとショパン。料理はことのほか美味しく、金曜の夜ということがリラックスを助長し、口調をいつもより滑らかにしてゆく。

「ねえ」
「ん」
「最近私、Yさんに良く誘われるんですよ」
「そうなんだ、そうかあ」 Yは彼も知っているヤツである。
「悪い気もしないしいい人だし、最近ちょくちょく飲みにも行くんです」
「ふーん、そかそかぁ」
「明日、実はドライブに行くんです。伊豆の温泉行ってみようかって」
「そかあ、へえ」
「ね、聞いててイヤ?」
「ん?俺は何も言わないし、言うべきでもないよ」
「ふーん、言わないんだ」
「フリー・コメントとしてなら、言うかもだ」
「何、言ってみて」
「俺、3年前に君の前から遠ざかったろ」
「うん」
「それからそのままだけど、優子さんを少し知ってて尊敬もしてるつもりだ」
「うん」
「あいつは、奥さんも小学2年生と幼稚園のお子さんもいるよ」
「うん、そうだね。でもいい人なんだよ」
「そりゃあいつはいいヤツさ。でもな、優子さん。あいつがもしも好意を伝えてるとしてだ」
「うん、うん?」
「ヤツの誕生日は一緒に祝えないかもだし、クリスマスは子供にプレゼント抱えて帰る訳だよ、盆暮れは田舎に帰るしなあ」
「うん、まあ・・・」
「奥さんが洗ってアイロンかけたシャツを着て、もしかしたら一緒にデパートで買ったかも知れないスーツ着て、奥さんが磨いた靴履いて、奥さんの作った料理を毎日食べて暮らして、そして優子さんに好意を伝えるんだよ」
「うん・・・」
「今夜は飯は要らないと家に電話してから、逢うのかもだなあ」
「ん・・・」
「そしてああ疲れた疲れた、今日は寝るーつってシャワー浴びて寝るかもだ、奥さんと同じ部屋で」
「意地悪ですね」
「そんな状況の優子さんを見たくなくってそう言ってるのかもだけどね、俺も」



会計。店を出る階段を上りながら、前を行く優子はふいに振り返って彼の頬を両手ではさんだ。

え?

5秒。10秒。ただふれるだけのキス。彼の右手は傘、左手は鞄。

そして優子は両手で「むにーっ」と彼の頬をつねった。

「ばか。でも、ありがとう」

そう言ってにっこり笑い、優子はくるりと背を向け、颯爽と歩き出した。一度も振り返らずに。

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2005.03.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | 創 作

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