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もうすぐ 3年

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YES, WE CAN ・・・と聞くとオバマ大統領(いえ、まだ来週からだが)を思い出すが、同時に広島東洋カープの1999年シーズンの年間スローガンでもあった。

明日がある限り、「can」がある。それは、とても素敵な事と思う。


1999年、私はチャットで遊んでいた。深夜のひととき、そこには毎晩、仕事したり息子さんと晩酌したりしながら参加している、博識で鷹揚でやさしく厳しいやもめのライターさんが居て、私はよく遊んで貰っていた。オフ会や、ときにはサシで、その恰幅のいい10歳ほど年上の彼と、お茶や酒を飲んだりしていた。

チャットをやめて暫くしての2005年2月、ふっと覗いた彼のホームページで、彼が不可逆性・進行性の、原因不明の病を患っているのを知る。
10万人あたり2人が発症、全身の筋肉が衰えていく、治療法無しとの事。
「早くて9か月、平均3~5年」・・・しかし私は同時に、
「半年や1年は持つだろう。その間に、自分に何ができるか。締め切りに追われるのは慣れている(笑)」
・・・と、彼が日記---今で言うブログと言えばいいだろうか---を毎日のように自分の症状を書いて公開している事も、知る。


それから、1年だった。
チャットで彼と知り合って、独り暮らしの彼のそばに居て、腕が上がらず指先に力の入らない彼の書きたい事を代筆していた女性から、彼の亡くなった事を知らされる。家族ではなかった彼女に、最期を看取れなかったけどお別れには行きたい、高知に行きたいから・・・と頼まれて、名前と住所を貸した。


あのときから、もう少しで3年になる。
思い出した切っ掛けは、先クール放映していた倉本聰脚本のTVドラマ「風のガーデン」だった。
小春日和の、庭先で鳴く雀の声を聞きながら、故人に思いを馳せた。

2009.01.12 | | Comments(2) | Trackback(0) | 日 記

コメント

そか・・・3年になるのね

私がそのライターさんに最初で最後にお会いした時にはもう既に症状が出ていて、でも病気なのか何なのかもわからない時期でした。

進行性の病が、偶然にも亡くなった姑と同じだったことから
チャットで、「どういうふうに病気が進行していくか、どのくらい持つか」を聞かれたっけ
ああいう方だったので、私も口幅ったい事は
言わず、はっきりとお知らせした記憶があります。
けっこうキツかったっけ。。。

たとえ墓前で手を合わせられなくとも
故人に思いを馳せることが一番の供養といいます。

私は抜けるような冬の青空に向けて合掌することにします。


2009-01-15 木 10:20:54 | URL | はせ #9ygIODjo [ 編集]

Re: タイトルなし

はせさん、こんばんはー。

そうなんですよ。もう3年に・・・早いよね。


> けっこうキツかったっけ。。。

大丈夫と思いますよ。回りくどいのは苦手な方でしたしね、色々先回りして知っておきたかったんだと思いますから。


来月、命日なんですよ。
もう少し、彼に関して書いておきたいことがあるんで、そのとき書こうと思います。

2009-01-16 金 01:02:48 | URL | はまたに #mQop/nM. [ 編集]

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