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プレイヤー

新しい職場。2日めにして実感した事は、プレイヤーに戻ったと云う事である。

これ迄5人とか11人とか云った位のチームで部下の方を預かる立場だったのが、1人になった。と云う感じか。
作業から折衝迄要領良く判断して進める事が求められる。途中での、上司たる立場の方への報告連絡相談は殆ど無い。

幾つか平行している各業務の振り幅はそれぞれ様々だが、その大半は事務系の仕事そのもの。word沢山開いて読んでチェックして戻すものは戻して稟議回して・・・というのが何十本もある。
今は、手掛けたい仕事は忘れないよう暖めつつ、目の前の業務に没頭するほか無いな。

2013.04.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日 記

異動後の初日

いやね本当、久し振り中の久し振り、の異動。人生初の出向。

出向先の勤怠もよく聞いて無かったけど、これ迄よく出入りしていて何となくそうだろうと思い、9時前に出勤。
前任の方が最後の土日を費やして申請迄漕ぎ着けていた約4~500枚の紙と向き合い、ある程度整理。
メールその他PCの環境設定。
引継ぎレクを思い出しつつ、関係各所へ担当者変更の連絡とメーリングリストの修正。
取り急ぎ名刺を持って、まだ顔を知らなかった監督官庁に出向いて挨拶。
最初のファシリテーションとなる今週金曜の会議の仕込み確認と会議の目的・枠組み・内容の勉強。
その間に勤怠や事務用品の在り処その他細々としたところのレク受け。
申請書類の各社からの差替えの調整と次の準備。
全て1日では終わらないとは分かって居つつも、割とタイトな案件は早々にキャッチアップせねば後手後手になる。

ペーパレス推進の会社から一転、紙文化の事務所へ。
行動予定はホワイトボード、メールはリモート出来ないから自分で作ったアドレスに転送。稟議も有休取得も、紙とハンコの世界。人が少ないから、OA化を図る必要が無いというか、そうするよりも費用対効果的に良いという事かなと思う。ええ、勿論事務所内もWi-Fiありません。いやー、久々に、書類整理していて手(手の甲)を切ってしまった(笑)

2013.04.01 | | Comments(2) | Trackback(0) | 日 記

18年と1か月

私は1989(平成元)年に社会人となった。4月に新卒として、広島の大学から東京へ。
東京に知り合いは居なく、ただ母方の親戚が数名居るだけだった。
「ええ、要らん」というのに親戚に引合さなきゃと言って聞かない母と夜行列車で上京し、初めて会う親戚に面通しもして、品川のつばめグリルで早い夕飯を食べた後独身寮の武蔵新城へ行った。

2年後の1991(平成3)年4月1日付、私は東京から広島に転勤となった。
荷物を送り、自身は当時乗っていたGSX-R400で西へ向かった。

それから4年後の1995(平成7)年3月1日付で、経営企画部第4課へと辞令を受け、私は再び東京へ。
住み処は、千葉か横浜の社宅、と云われ、何となく広島に近い横浜を選んだ。

それから、基本的な仕事の「監督官庁対応」は変わらず、仕事は少しずつ広がっていった。
会社は買われたらそこ迄、変質・変化は否が応でも訪れる。
資本主の変遷につれ、同僚や部下も担当する仕事も増えて行った。

10年が経つ頃から、自身の将来について考えるようになった。
がしかし、日常に流され忙しさにかまけ、それはそのままになっていた。

そうこうする内、今年2月中旬に上司から「何よりも長過ぎるし、先方の仕事も良く知っているから」と打診を受け、会社員の私だ、それに応じた。関係業界団体への、2年間の出向である。

気が付けば18年と1か月。
思えば、30代の全てと、40代の6割とを、今の仕事に費やした。
2013(平成25)年4月1日付で異動(出向)。
これからの2年間つまり106週間を、有意義に使いたいと思う。

2013.03.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日 記

JR関内駅

関内駅には磯子・大船方面に南改札、川崎・横浜方面に北改札がある。
その1

ヨコになってしまったw 
その2

ハマスタへは、北口の改札を出て左手に出ると横断歩道がある
その3

線路(高架)に沿って、一方通行の道路がある。横断歩道を渡って右に進むとハマスタである。
その4

2013.03.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日 記

勇気と愛

20120505_1.jpg

私は野球が好きで、カープファンであるから神宮野球場や横浜スタジアムへよく応援に出掛ける。
昨夜は好調ヤクルトスワローズとの試合を神宮で観戦した。
5月に入り、ナイターでも寒く無くなって来て、まさに春到来を実感しながら、春の夕暮れの空の下で野球観戦出来る幸せを感じていた。

昨日は5月5日の子供の日という事もあり、お子様連れの姿が球場では目についた。

スタンドには色んなファンが居て、喜んだり怒ったり落ち込んだりナイスプレーに拍手したりと様々な方がいらっしゃるのだが、昨夜隣のブロックには母子連れがひと組居て、その子の野次は恐らくお父様がそうなんでしょう、結構非道くて。お母様も注意もせず。例えば避けなきゃ頭に死球という球で「当たれー!」、B2S0から空振りしたら「何でノーツーから振るんやーアホか!」などなど。まあ大人だって口にしないだけで心ではそう思ってる人もそりゃ居たのだとは思う。しかし、大声でそれを云うか、それとも云わないかは大きく違う訳で。

私は仕事脳で「子供だから仕方無いとは云え、それを指導するのは親の責任。私ではないッ」と流していた。

しかし、「たまに」ならともかく、応援してるカープの打者1打席につき少なくとも1回は何か野次るという、いわゆるシツコイ系のヤジだったのだが、一緒に観戦していたツイッター繋がりの友人(たちん君:仮名w)は、さり気なく母子ともに注意に行ったのだった。

その友人は、別段体格がすごく良いという訳ではなく、利発な眼差しを持つ中肉中背の若者。
これから社会に出て行くか行かないかという年齢で、性格的にも非常に穏やか。



中々直接注意に行くって、出来ないよ。

私はそれを、席に戻ってから本人に聞いて、チと感激した。

昨夜の神宮で一番良かった事は、この事だった。



そして、昨夜寝る前にカープ系のブログを色々読んでいたら、この事を見かけた方がいらっしゃって。「子供の頃からそんな汚い言葉使っちゃダメだよ」と、優しく注意してた事を知る。
注意ひとつとっても、正論を振りかざして怒鳴るとか攻撃するとかではなく、慈愛の器で接したのだなあと。


・・・試合?勝敗??割愛しますw

2012.05.06 | | Comments(2) | Trackback(0) | 日 記

45年

今日もよく歩いた1日だった。

20120327_2.jpg
タクシーで行くには近過ぎる。電車で行くと乗り換え必要なために歩くのと大差ない。だから今年度もよく、ここを歩いたな。

20120327_1.jpg
1966年7月に誕生した「ウルトラマン」。
マガジンハウスから出されたムックは、美術書みたいな写真の配置だった。資料的な意味は無いけど、写真はとても綺麗。

2012.03.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日 記

左鎖骨の骨折

2011年8月6日、土曜の朝7時過ぎ。草野球の練習へとバーグマン150で向かっている時だった。
川崎市内のR15、片道3車線の左端で信号待ち。右隣には原付スクーターが居た。
青信号になり、アクセルを全開に。右隣のスクーターもダッシュ。
と、50mも行かない内にそのスクーターは急に左折したのだった。
クソッタレと思いつつ急ブレーキ。リアタイアをロックさせ右半身を前にしながら車体を無意識に左に傾ける。まだ止まらない。もう一段右ブレーキレバーを握り締め、そしてあえなくフロントロックして左から派手に転倒した。路面にフルフェイスの左シールドと肩を打ちつけた。

スクーターには衝突せずに済んだ。後続車も避けてくれた。
左肩が焼ける様に痛いが、意識もハッキリしてる。
バーグマンも左のミラーがくるりと回っただけで、外装の端っこがズリズリしただけっぽい。

スクーター氏は広い歩道にスクーターを置いて尋ねて来た「大丈夫でしたか?」
原付には左ミラーが無い。だからだったのだろう。

面倒くさいのはヤだなと、自分とバーグマンとを見やり、「大丈夫だと思います」と答える。

バーグマンを引き起こして歩道に上げ、15分ほど左肩を押さえる。こんな日に限って携帯電話を忘れて出てた。他は草野球のユニフォームの左膝が破れて血が滲んでいる。メインスタンドを掛け、セルを回すもウンともスンとも音がしない。工具をだし、バッテリーを一旦下ろして再接続する。今度は掛かった。

スクーター氏に「行って下さいな」と手を振ってそこを辞したのは、30分以上は経っていただろうか。

六郷土手の練習場にそのまま向かう。しかしまともにキャッチボール出来ない、左腕が上がらない。バットなんて振れない、とんでもない。

話を聞いた草野球仲間の一人が「折れてんじゃないか」という。すぐ病院へ行った方がいいと。


土曜だから、救急病院しか空いていない。自宅に近い病院に掛かる。レントゲンを撮ってあっさり「折れてますね」
しかし鎖骨だから、自然治癒を待ちましょうとの事。
化膿止めの治療をして貰い、痛み止めの薬を貰い、帰宅した。

それから毎週、通院。1か月経ってからは隔週に。

レントゲンを定期的に撮って貰い、治癒の方向に行って順調だった。鈍痛はずっとあったが、治っているからだろう。



・・・と思っていたが、12月初旬に「うん・・・?これは偽関節の疑いがある」と先生に云われる。
折れた箇所を身体は「ここは関節だ」と勘違いしているかも知れない、というのだ。


大きな病院で診て貰おうと決め、12月20日に別の病院に掛かる。CTを撮って貰って診断を受ける。
「いやあ、くっついてません」つまりレントゲンでは構造上、真上や真下からは撮影出来ないため分からなかったのだ。又、鎖骨は自然治癒でというのは事実ではあるが、それは真ん中辺りが折れた場合の話であって、端に近い所で折れた場合はその限りでは無いのだという。

こちらはレントゲン画像。正面から左肩付近を撮ったもの。
IMG_0034.jpg
そしてこちらはCTの影像。正面真上から撮ったもの。画像の右の方、前後に分断されている事が分かる。
IMG_0035.jpg


折しも年末が近付いていたから、年末年始に手術・入院出来そうですかと聞いたはみたが、満杯で駄目だとの事。これで会社を1週間以上休まねばならない事を知る事となる。
年明けに日程等相談しましょうとその日は辞す。全身麻酔の失敗の可能性は飛行機墜落事故と同程度と聞く。だったら治る方向に賭ける、この鈍痛が無くなる可能性があるのなら。


明けて1月6日(金)、再度通院。手術の日程が決まる。術前検査として、血液検査ほかを行い、手続き用紙一切を貰う。

1月17日(火)、会社を午後半休で辞して一旦帰宅して着替え、14時入院。4人部屋。入れ代わり立ち代わりに、先生や看護士さんの説明を受ける。出された夕飯を食べ、22時に消灯。病院は6時起床・22時消灯なのだ。

1月18日(水)13時、術衣に着かえて歩いて手術室へ向かう。全身麻酔のため、10秒も経たずに私は意識を失った。

次にぼんやりと目が覚めた。「成功しましたよ」と私を呼ぶ声がする。
聞けば2時間45分掛かったとの事。左肩を開け、折れた骨を持ち上げ、左腰を開けて腰骨の一部を切り出してそこへ移植。3つの骨を6本のボルトで接合。縫ったのは左肩11針、左腰6針。痛みに耐えつつ点滴を受けて、ベッドに仰向けに寝たまま1日めは終了。

翌日の1月19日(木)は切った左肩と腰の痛みに耐えつつ点滴を受けて、夜になる。寝てるとは云え、1~2時間で目が覚める。痛みからだ。この日の夕飯から食事再開。尿はチューブを入れられていて、そこで用が足されるが、尿意は未だ感じていない。

1月20日(金)、相変わらず点滴を受けて仰向けになっているが、この日から起き上がる練習をする。激痛の末チューブが抜かれ、自身でお手洗いに行ける様になる。右手には相変わらず、太い点滴の注射針が入ったまま。しかし暇なので読書に勤しむ。

1月21日(土)、初めてシャワーを浴びる。だいぶん、動ける様になる。
1月22日(日)、腰の痛みが無くなる。肩は傷口よりも骨の痛み。
1月23日(月)、点滴終了。連続して眠れる時間が4時間位になり、明日で退院しましょうと告げられる。
1月24日(火)午後、晴れて退院。これ迄ガラス越しにしか見えてなかった外の景色に、1週間振りに触れた。

翌25日(水)から会社出勤。試しに三角巾無しで行ってみたが、4kg程は有る片腕の重さに耐えられない事が分かる。暫く三角巾で左腕を吊る事とする。
1月30日(月)、通院。抜糸。昨今の針は、ホッチキスみたい。

2月8日(水)通院、三角巾は却ってリハビリに良くない時期に入ったとの事で、お役御免。

さて、今後は骨がくっついてくれるのを待つのみ。いつになる事やら。

2012.02.12 | | Comments(4) | Trackback(0) | 日 記

サクラサク

桜、サクラ。

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曇天の土曜に撮った車と桜。右側は、定点観測していた桜の木と一緒に。

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で、この桜がそれ。定点観測していたけども、天候の関係で今日が一番いい感じに撮れたかも。

後は、外出の移動の際に歩きながら撮ったもの。
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2011.04.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日 記

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